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高校時代・1
【高校時代・1】
高校も自転車通学だった。
距離にして片道約12kmと、少々遠かったが、特に苦痛とは思わなかった。
初日。
入学式の日は、親に車で連れて行ってもらったが、自転車で行くのは初めてだった。
実は、高校に行く正確な道を知らなかったのだ。
こっちだろう、と思った方向に自転車を進ませていると、同じ制服の人がいた。
助かった…と思い、後をついて行くと、無事、高校に着いた。
いきあたりばったりでも、なんとかなるものだ。
その高校は、一風変わっていた。
とにかく、上下関係が激しい。
先生に逆らうなどということは、絶対に許されない。
先生に対して半分友達言葉で話すことも、もちろん許されない。
入学してすぐに、オリエンテーションというものが行われる。
1週間は授業をしないで、体育館で訓練のようなことをさせられるのだ。
ジャージに着替えて(ジャージがまたダサい!)、裸足になって、1年生は全員体育館に集まる。
そこで、あいさつのしかたなどを学ぶのだ。
「こんにちは!」「おはようございます!」「失礼します!」…など、大声で叫ばなければならない。
それから、授業が始まるとき、どのように立ち上がり、どのように先生に挨拶をし、どのようにイスを引いて座るか…というようなことまで訓練する。
校歌を全員で歌い、みんなが大声を出すまで終わらない…など。
そんなことを入学早々1週間もしなければならないのだ。
そのオリエンテーションのおかげで、早くも退学する生徒が何人かいたらしい。
後で知ったことだが、オリエンテーションで自主退学する生徒は、毎年いるそうだ。
年功序列の日本社会をよく表したような、上下関係の激しい高校だった。
入学して数日たったころ、中学のとき同じ柔道部員だった同級生に、
「レスリング部の見学に来ないか?」
と誘われた。
彼はすでに、レスリング部に入部していた。
僕は、レスリングがどんなものなのか全く知らなかったし、興味もなかった。
それにそのときは、なんとなくカッコ良さそうな空手部に入部するつもりだった。
…が、「まあ、見学だし、友達の誘いを断わるのもなんだし。」
と、軽い気持ちで見学に行くことにした。
それが、僕の高校生活を左右することになるとは、このとき想像もしなかった…。
レスリング道場に見学に行くと、部員の人たちが練習をしていた。
顧問の先生がやってくると、レスリングのルールなど、僕にマンツーマンでいろいろと説明し始めた。
なぜマンツーマンかというと、その日の見学者は、僕一人だったからだ。(笑)
べつに、入部を強要されたわけではないのだが、なんとなく断われない雰囲気があった。
同じ柔道部だった友達も入部している、ということもあり、僕はそのまま流されるように、レスリング部に入部した。
この決断で、僕の高校生活は、レスリング一色に染まるのだった…。(笑)
1年生は、僕を含めて6人だった。
入部したての我々1年生は、筋力トレーニングがメインだった。
腕立て伏せ、フッキン、ハイキン、ブリッジ、けんすい、ロープ登り。
これらを何度も繰り返すことが部活の内容だった。
体力的にしんどいが、やればやるだけ筋肉がつくので、おもしろかった。
僕が苦手だったのは、ブリッジだ。
レスリングは、首が命と言ってもいいくらい、首が重要視される。
ブリッジで、首の筋力と柔軟性を強化するのだ。
だが、僕は体が硬かった。
柔軟性というものが、ないのである。
お腹を上にした状態のハイ・ブリッジで、地面に鼻がつくまでやらないといけないのだが、つかない。
首が折れそうだ…。(泣)
同級生で1人、とんでもなく体の柔らかい人物がいた。
なんと、両足を首にかけられるのである!
ヨガか!?
彼にはおどろいた。
先輩もさすがにびっくりしていた。
先輩たちは、みんなムキムキした体をしていて、正直おどろいた。
中でも一人、すさまじい体つきをしている先輩がいた。
まさに、歩く筋肉!(笑)
後で知るのだが、その先輩は、全国でもトップクラスの選手だった。
(この先輩は後に、グレコローマン選手権で全国1位、国体で全国2位、というすばらしい成績を収める)
それと、レスリングの先生。
先生は2人いた。(後で知るのだが、実は2人とも、現役時代は全国トップレベルの選手だった)
基本的に若い方の先生(僕の10歳年上)が教えてくれる。
(レスリングには、フリースタイルとグレコローマンという2種類がある。高校生は基本的にフリースタイルがメイン。もう一人の先生は、グレコローマンが専門だった。)
その若い方の先生は、パッと見た感じ、普通の(少し痩せ気味の)男の人…といった感じだった。
…が、脱ぐとすごいんです!(笑)
無駄な脂肪が全く無く、筋肉がモリモリしていた。
それでいて、ボディービルダーのようにマッチョではない。
ブルース・リーのような細身で、もう少し筋肉が大きい…といった感じだろうか。
そして、レスリングがめちゃめちゃ強い。
もう、ハンパじゃない!!
数日たつと、我々1年生も、少しずつ技を教えてもらうようになった。
まずは、レスリングの基本である、正面タックルという技から教えてもらう。
相手の太ももにしがみつく技だ。
始めは正直、恥ずかしかった。(笑)
その後、入部して1ヶ月もたたないゴールデン・ウィークに、地獄の合宿が待っているとは、そのときの僕はまだ知らなかった…。
ゴールデン・ウィークには、大学で行われる合宿があった。
大学に泊まりこみで、大学生と混じって練習をするのだ。
県内の、レスリング部がある他の高校も参加する。
となりの県から参加しに来ている高校もあった。
我々1年生は、洗濯と食事の準備もしなければならない。
(食事は1日2回)
7時に起床。
すぐに朝練習が始まる。
朝は、基本的に走り込みだ。
大学生のキャプテンが指揮をとり、準備体操をして長距離を走る。
大きな公園まで走り、そこでダッシュなどのトレーニングを行い、また長距離を走って帰る。
午前10時過ぎごろ、朝練習が終わる。
先輩達はシャワーを浴びるので、我々1年生は、すばやく部員の練習着を集めて洗濯をしにいく。
洗濯機は数に限りがあるので、なるべく急がなくてはならない。
なぜなら、遅れると、他校の生徒が先に洗濯機を使い始めるので、終わるまで待たなければならなくなるからだ。
汚れた練習着を洗濯機に突っ込むと、すぐに食事の準備をしに行く。
大学の近くにある食堂を借り切ってあるので、そこで、箸をならべたり、水をくんだり、料理を運んだりする。
用意ができると、先輩がやってくるのを待つ。
全員がそろうと、キャプテンが「いただきます!」と合唱の合図をする。
(合唱の合図は、他の高校のキャプテンとローテーションで変わっていく)
そこでようやく食べ始めるのだが、我々1年生は、先輩のご飯や水のおかわりのとき、立ち上がって茶碗やコップを受け取りに行き、おかわりをよそって渡さなければならない。
食べ終わると、食器を集めてさげるのも、当然1年生の仕事だ。
食べ終わると、洗濯が終わるのを待ち、洗濯物を乾燥機に入れる。
乾燥が終わったころ、洗濯物を取りに行き、宿泊室にもどり、仕分けする。
(宿泊室というのは、実は大学の教室(笑)。机をさげて、布団を敷いただけ。でも、エアコンがあるので、なかなか快適)
午後1時から、午後練習が始まるので、1年生はそれまでにレスリング道場の掃除をしておかなければならない。
掃除は、他の高校の1年生と協力して行う。
午後練習が始まる。
午後練習は、バリバリのレスリング練習だ。
が、実は1年生はあまりしんどくない。
もちろん、疲れることは疲れるのだが、まだ入部して1ヶ月もたっていないので、筋力トレーニングや、基礎的な技の練習をするだけだ。
僕としては、新しい技なども教えてもらえるので、楽しいぐらいだった。
反対に先輩たちは、ガンガン練習をしなくてはならない。
大学生や先生と(他の高校の先生とも)、スパーリング(試合形式の練習)をする。
見ているだけで、苦しそうだ。
午後練習が終わると、また洗濯と食事の準備がある。
初めての合宿は、そんな毎日で過ぎていった。
合宿が終わって、1ヶ月もたたないうちに、レスリングの中国大会があった。
山口・広島・島根・鳥取・岡山の、中国5県の試合だ。
レスリングは8階級に分かれている。
我が校の3年生は5人いたのだが、個人戦で、2人が1位、2人が2位、というすさまじい成績だった。
(そのうち一人は、優勝するまで1ポイントも取られなかった!)
団体戦は7人で行われ、我が校は2位だった。
先生は、団体で1位を取れると思っていたようで、ショックを受けていた。
しかし、僕は中学時代、弱小柔道部に所属していたので、この好成績にはおどろいた。
さて、学校生活の方だが、この高校の変わっている点をまたしても発見した。
学校には寮があり、そこに入っている生徒は、全員運動部に入っている。
男で寮に入っている1年生は、お昼休みに、学校の食堂の奥に、ずらっと横に並んで待っている。
食堂に運動部の先輩が入ってくると(すべての運動部の先輩)、大声で「ちは!」「ちは!」と口々に叫ぶ。
競うようにお茶をくみ、先輩のもとへ持って行き、先輩が注文した料理ができると真っ先に持っていく。
もちろん、先輩が食べ終わると、食器を競うように取りに行き、さげるのだ。
運動部の2、3年生が入ってくるたびに「ちは!」「ちは!」と大声で叫ぶので、食堂内はかなり騒々しい。
先生が食事をしに来ても、同様のことが行われる。
男の1年生の寮生は、食堂内の先輩が食事をし終わってから、自分の食事を始めるのだ。
だから、1年の男子寮生が食べ終わるのはいつも、お昼休みギリギリだ。
僕は寮生じゃなくて良かった、と、心の底から思った。
マジで。(笑)
夏休み。
また大学で同じ合宿があった。
その合宿の最中に、ある事件が起きた。
我々1年生は、先輩にある程度いびられるのは当たり前だった。
その日、1日の合宿の練習が終わったとき、我々1年生は、先輩にいびられていた。
もちろん、先輩は遊んでいるつもりなのだが、こちらとしてはたまらない。
上下関係のきびしい我がレスリング部では、1年生は何をされても笑っていなければならないのだ。(笑)
その日は、具体的に何をされていたかというと、鼻の下にわさびを塗られていたのだ。
これはキク!(笑)
僕も塗られたけど、はっきり言って、痛い!
興味のある方は、ご自分で試してみるといい。(笑)
消灯時間になると、みんな練習で疲れているから、すぐに眠りにつく。
次の日の朝、事件は発覚した。
1年生が一人いなくなっていたのだ!
どうやら夜逃げしたらしい。
よくもそんな度胸があるものだ。
というのも、そんな露骨に、「自分は嫌です」ということを表現すれば、よけいに先輩のマトになることは目に見えているからだ。
先輩たちは、翌朝、先生に怒られていたようだった。

夏の合宿も終わり(夏にはもう1回合宿があった)、2学期が始まった。
2学期が始まるとすぐに、体育祭の練習が始まる。
体育祭では、男子学生全員で行う、「コウジョウダマシイ」という見世物がある。
それを練習するのだ。
(女子は、踊りのようなことをしていた。)
体育祭当日まで、午後は授業なしで、毎日練習をする。
どんな練習をするかといえば、男子はまず、上半身裸になる。
靴も靴下もはかず、裸足になる。
グランドに出て、全男子生徒が集団になって、走ったり、中腰になって叫んだりする。
移動のときは、とにかく走る。
全力で走る。
全力で走っているのに、指揮をとっている先生が、
「おめぇらのはなぁ、ジョッグだよ、ジョッグ!ダッシュするんだよ!」
と、叱責の言葉を放つ。
出し物(演技?)は、走っている時間を除けば、終始、中腰姿勢のままだ。
具体的にどういう姿勢かというと、左足をぐっと前に出し、ひざの角度を90度にする。
右足はおもいっきり後ろに引き、ひざを伸ばす。
しっかりと腰を落とした状態になる。
少々分かりにくいかもしれないが、とにかく、めちゃめちゃキツイ!
実際(本番)は、5分くらいで終わるのだが、練習のときは、長い。永い。
そのメチャメチャしんどい姿勢のまま、静止する。
両手は地面に対して平行に、真横に伸ばして、維持する。
そこで、全員が腰をしっかり落として、左足のひざの角度を90度になるまで終わらないのだ。
各運動部のキャプテンたちがリーダーとなり、見回りをする。
部活生の僕は、手を抜くわけにはいかない。
先輩が怖いから。(笑)
夏休みが終わってすぐの、炎天下。
ひざがガクガクしてくる。
手もプルプルしてくる。
汗がふき出てくる。
しかし、終わらない。
姿勢維持。
とにかく維持。
運動部に入っていない生徒は、こっそり手を抜いて、腰を落とさないでいる。
ひざをあまり曲げないでいる。
だから終わらない。
僕のほうは、足の筋肉が悲鳴を上げ、だんだん悲鳴すら上げなくなってくる。
・
・
・
ようやく終わる。
解放されて、休む。
少しでも休んでおく。
終わるとすぐに始めからだ。
また、全力でダッシュしなければならない。
その日の体育祭の練習が終わると、指揮をとっている先生は、全員に対して、ねぎらいの言葉をかける。
「お前らは、今日、本当によくやった!」
…その言葉には、必ず続きがある。
「今日の最高が、明日の最低になるよう、明日もがんばるように!」
そして、次の日、体育祭の練習が始まるときは、必ずこの言葉から始まる。
「いいか、お前ら。昨日の最高が、今日の最低になるように、がんばれよ!」
「今日の最高が、明日の最低。」
「昨日の最高が、今日の最低。」
言葉自体はすばらしいのかもしれないが、よくよく考えると、まさに、鬼の言葉だ。(笑)
そして、その体育祭の練習でへとへとになっているところで、本日の部活が始まるのである。
…もう限界で〜っす!(笑)
3年生が引退し、冬の合宿、春の合宿も終わった。
夏合宿で逃げ出した同級生は、結局、学校を辞めてしまった。
レスリング部の同級生は、僕を含めて5人になった。
そして、僕にもようやく、高校2年生になる日がやってくるのであった。
いやぁ、長い1年間だった…。
…しかし、2年生に上がると、もっとツライ事が待っているのであった…。

