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使い終わりのセロハンテープ
【不思議なプチストーリー・25】 〜同情と罪悪感、そして自由〜
セロハンテープは、“芯”である円形の厚紙に巻かれている。
ここに、使い終わりのセロハンテープがある。
僕が今日まで使っていたセロハンテープだ。
セロハンテープを使い終わると、紙にくっつけられるためだけのセロハンテープが存在していることに気付く。
テープの根元に、厚紙の芯にくっつき続けているセロハンテープがあることに気付く。
その部分のセロハンテープは、巻かれるときからがんばっていたのだ。
がんばって、芯に、くっついていたのだ。
がんばる理由も分からず、「がんばる」という意味さえも理解できないまま、がんばって、芯にくっつき続けていたのだ。
テープを使うときも、もとをただせば、その“始めの部分のセロハンテープ”の功績で、使えたのだ。
セロハンテープも使い終わりになってしまった。
“始めの部分のセロハンテープ”が、いかにがんばっていたか…ということが、ようやく露見するときが来た。
しかし、そんなことをを気にとめるものはいない。
少なくとも、僕はこれまで気にとめたことはなかった。
“始めの部分のセロハンテープ”は、誰にも認められず、知られず、気にもとめられず、芯と一緒に捨てられる。
「セロハンテープが使える」、ということも、芯にくっついていた、あの、“始めの部分のセロハンテープ”のおかげだというのに。
僕にとって幸いなことには、“始めの部分のセロハンテープ”が、「がんばる」という意味を知らなかったことだ。
「貢献」も「功績」も「尽くす」も「明日のために」も「私のおかげで」の意味も、知らなかったことだ。
なぜ幸いかというと、僕は、“始めのセロハンテープ”がそういったことを知らないおかげで、使い終わりのセロハンテープを、罪悪感無しに捨てることができるからだ。
新しいセロハンテープを、気持ちよく使い始めることができるからだ。
できるはずなのだ。
なのに、ゴミ箱に捨てた、使い終わりのセロハンテープを、拾いたくなってしまうのはなぜだろう。
必要以上に、「早く忘れたい。」と願ってしまうのはなぜだろう。
なぜかは分からない。
ただ、これだけは分かる。
僕はもう、自由ではない。

